月刊ウマナリ

日常と漫画制作の事

だいたいいつもどうしていいかわからない

 というのは、外で人と出くわした時、人と相対している時の事。人との接し方がイマイチ分かりません。
 この年になってと思うけれど、逆に、この年月生きてきて自分以外の人たちのデータが脳内に蓄積するにつれ、自分以外の人たちの謎は深まっていっています。
 自分以外の人たちといっても、家族はまたちょっと例外です。家族の事は分かるというか、まぁ、分かるのでしょうし(どっちやねん)、家族は仲良しなので多少怒らせてしまっても仲直りできるからよいのです。
 家族以外の人に対して「失敗してはならない」という気持ちが強いのもありますが、本当に「よくわからない」という事もあって、外に出ると意識しすぎて却って変な言動をしてしまう事が多いようです。
 こういう事になる一番大きな原因は、私に発達障害があるという事でしょう。
 いつも当ブログを読みに来てくださっている方の中には、文面や綴られた出来事、気持ちなどからそういう印象をすでに受けておられる方もおられましょう。
 私の生きていく中での「困り」はたいてい持病の双極性障害によるものが多いので、こちらの障害についてはあまり深く考える事は今はないのですが、時々こうやって、人と接するのが難しいというか、めちゃめちゃパワー使うなって思う事があります。
 この障害に気付いたきっかけは、アスペルガー症候群についての本を読んだ事でした。この本は、弟君が持っていたものです。弟君は私と同じ持病があって医者にかかっていたのですが、この時の主治医が発達障害を疑って、心理検査を受けてみたらという事を言われ、どういうものか知るために本を入手したようです。
 これを、私も読んでみたのですが、その時の衝撃というか、あまりにも鮮やかな「腑に落ち」体験は、思い出すと笑えるほどです。これまでも、うつを繰り返す(本当は躁鬱を繰り返していたのですが、最初気づかなかった)ので、いろんな心理学みたいな本を読んだりして「私これかな、それともあれかな」っていろいろな症候群的なものを疑ってきたものでしたが、アスペルガーの本を読んだ時の「これや」みたいなのは本当にスマッシュヒットでした(?)。とにかく、自分の幼少時の事がいっぱい書いてあるみたいに思えて、私は主治医に自分の幼少時の思い出?を書き出してみてもらいました。ちなみに、弟君はその本を読んだ時「僕はこんな感じじゃない、僕はこれじゃない、はっきり言ってコレはウマちゃんやん」と思ったらしいので、それもまた笑える話でした。彼は一応検査も受けましたが、障害はないという結果でした。
 そして、私は幼少時レポートみたいなのを主治医に読んでもらって、心理検査を受けることにしました。
 これは脳に色々ある役割(脳は役割分担をして働いているようだ)の発達具合を調べるテストです。「普通」の人はこの数値を折れ線グラフにした時、そんなに凸凹しないそうです。
 この結果、私は凸凹していたので、これからこのことも考えて、持病の事と合わせて工夫しつつ生活しようとなったワケです。
 で、まぁ、そういう事もあって人に接する事が苦手というワケじゃないけど、分からないという日々を送っているワケです。若いころはそうでもありませんでした。「変わっている」と言われることが多くても、そんなに人付き合いを苦手としている印象はなかったのです。
 でも、ネットが発達していろんな人がいろんな事を言っているのを目にしていると、人々は(お前も人だ)こんな事を考えたり感じたりしているんだなと、たくさんのデータが集まります。これは最初いい事だと思えたし、ありがたいとも思えたのですが、それは「しちゃいけないこと」のデータもたくさん集まるって事で、ここで、「今しちゃいけないこと」を判断することが難しくなってきました。いつも「間違ったかもしれない」って思っています。これは人と対面した時も、そうじゃない時でネット上で何かを発言した時もです。人と対面している時は、判断を瞬時にしなくちゃならないので、結局「どうしたらいいかわからない」状態で「ニコニコしていれば間違いがない」みたいな感じになってます。仕方ないですね。あんまり怒られた事ないので、それでいいのかもしれませんが、自分としてはちょっと疲れます。おろおろし通しっていう事は、疲れますもんね。
 ところで、「普通」の人はなぜ私のような事にならないのかっていうのを不思議に思って、主治医に質問したことがあります。主治医は「普通」のカテゴリーに入ってはる人なので「普通」代表としてどんな感じなのか教えてほしいと言いました。
 先生は、私と同じように、相手の心の中は分かりませんよといわはりました。驚きですが、当たり前と言えば当たり前ですね。脳みそを共有しているワケでもないのに。
 では、私と同じように分からないのに、なぜ私と同じようなおかしな事?にならないのかってきくと、それは、相手の心の中を「予想」して対応できるからなのだそうです。私もめっちゃ予想しようとするんだけどなんか間違ってる気がしてならなくて、その「予想」は真っ白けになってしまうんだな。
 そのことについては先生は、私のような障害がある人は、予想してもその内容を間違ってしまう読み違えをする頻度と深さが「普通」の人とは違うのだというふうに言ってはりました。それが、この障害の特性の一つなんだろな。
 私の検査の結果レポートの中で、私に特に強く出ている傾向が「たいていの人とモノを考える基準がずれている」って事でした。これはなかなかホントに人の心を予想しづらいですね。
 ま、だんだんなに言ってるか分からなくなってきたのでそろそろしめたいところですが、発達障害があると、何か一つの能力が抜きんでてて、それを伸ばせば……みたいなことも頭をよぎりますよね。そういう人もいてはると思いますが、あいにく私は凡人で、能力の上端が凡人の域で、そこからどーんと下がってるのがいくつかあるって感じなんではないかなって思います。だから、病気療養で家でごろごろしつつ、時々家族の為に活躍するくらいのデブをやっています。それはそれで平穏に日々が過ぎているのでよしとしておきましょう。

 文章ばっかりダラダラとかいてしまいましたが、時にはこんな事もありましょう(?)。発達障害については私はあんまりかきませんが、これは、かいても「それは誰にでもあることだよ」って言われることが多いんじゃないかなって思うし(私もそれはそうなんじゃないかなとも思ったりする)、特性としての困り?みたいのがあるって事をどうにも表現しづらくて(気持ち的にじゃなくて技術的に)、かかずじまいって事が多いです。今回はなんとなく気が向いたのでかきました。

 では、今日はこの辺で終わりです。さようなら、また会いましょう☆